リトルと怪鳥のエジプト旅行記・古代エジプトと天文

【ファラオの墓と宇宙創世神】

 次に訪ねたルクソールは、中王国時代(紀元前2000年頃)から1500年間ほど首都テーベとして栄えた街だ。当時のエジプト人にとって太陽の沈むナイル川西岸は死者の世界であり、東岸が生きている者の世界だと考えていた。これは仏教の彼岸・此岸と同じ思想であり、「人間の考えることって、古今東西で変わらないのね」と思った。

 そのナイル西岸には多くのファラオ(王)の墓があり「王家の谷」と呼ばれている。ここに有名なツタンカーメンの墓もあり、「今年CTスキャンを受けたばかり」という彼のミイラの入った棺を見学した。

 さて、無数にあるファラオの墓はどこも内部が細かく美しく彩色されていたのだが、なかでも目を引いたのが「ラムセス6世の墓」だ。石棺のある部屋の天井に、深い紺色と鮮やかな金色で天体図が描かれているのだ。

 古代エジプトの宇宙創世神話は、「大気神シュウ」が自分の子どもである女神たち「大地神ゲブ」と「天空神ヌト」の間にはいって2人をひきはなした……となっている。この宇宙観を現したのが天井絵で、二人の女神が背中合わせになってそれぞれが手と足を伸ばしてドーム型を作っている。大地神ゲブの体には太陽と星が点々と描かれ、夕方になると彼女が太陽を口で呑み込む様子が示され『昼の書』と呼ばれている。

 一方、天空神ヌトは体中に星をちりばめ、12時間に区切った夜の世界を船に乗った太陽が西から東に旅する様子を示しており『夜の書』と呼ばれている。これは当時の宗教観である、「太陽(太陽神ラー)は『太陽の船』にのり現世と来世の空を巡っている」という考えもあわせて描いているそうだ。

※墓の内部は残念ながら撮影禁止でした。


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