リトルと怪鳥の広島旅行記2007/8/9(二日目)の様子 【ガイドさんと平和学習。そして『夏 広島から』】現地のボランティアガイドさんに案内していただきながら平和記念公園や広島城を見学しました。夕方は、いよいよ『夏 広島から さだまさし』です。広島平和記念資料館の向かい側、平和大通りにある「平和の門」。2005年に作られたガラス製の10基の門で、世界49カ国の言語で「平和」と書かれています。 原爆死没者慰霊碑と平和の灯と原爆ドームが一直線上に見えます。「慰霊碑」と「平和の灯」は丹下健三の設計で、原爆死没者名簿が納められています。慰霊碑は「はにわの家型」で、さださんの『広島から』Tシャツやグッズにもデザインされていました。また「平和の灯」の台座は、手首を合わせて手のひらを大空にひろげた形で、「核兵器が地球上からなくなる日まで燃やす」という反核悲願の象徴になっているそうです。 原爆投下の目標になった相生橋から見た原爆ドーム。手前に見える元安川には、大勢の被爆者が水を求めて犠牲になったそうです。広い平和公園のなかボランティアガイドさんに説明していただきながら、被爆したアオギリ・峠三吉詩碑・被爆建物である旧燃料会館(許可を得て地下にも入場)・被爆した慈仙寺跡の墓石・韓国人原爆犠牲者慰霊碑・原爆供養塔・平和の鐘・原爆の子の像・被爆した旧元安橋・動員学徒慰霊塔・原爆ドーム・国立広島原爆死没者追悼平和祈念館などを見学しました。また、公園近くの爆心地の島病院でも当時の様子などうかがいました。 広島市民球場の脇を通って広島城へ。御門橋を渡って、表御門から入場します。 石垣のなかでも色の濃い物は被爆した石だそうです。 広島城内にも被爆樹木がいくつかあるそうです。これは、土橋のたもとにあるユーカリ。被爆樹木の特徴は、爆心地側の方側の幹が激しく損傷している(えぐれて空洞になったりしている)そうです。 土橋を渡った中御門近くに生えているマルバヤナギ(アカメヤナギ)も被爆しています。この日は、木陰で絵を描いている男性がいました。木の脇に立つ女性が、この日私たちを案内してくれたボランティアガイドさんです。熱心に説明してくれて、とても勉強になりました。 毛利輝元が築城し、国宝でもあった広島城。やはり原爆で倒壊し、戦後に復元されました。場内は撮影禁止のため写真はありませんが、「鯉城とカープ」という企画展をしていました。なぜ広島城を“鯉城”(りじょう)と言うのかは、こちらなどを参考にしてください。 次のページへ> |